2011.05.12

「東電破綻処理と日本の電力産業の再生のシナリオ」現役経産省官僚が・・・・。

現職経産官僚の古賀茂明氏が「東電破綻処理と日本の電力産業の再生のシナリオ」について緊急提言をしています。 

 中には、「JAL破綻」における政府・企業の対応のあり方についても論じられており、関心を寄せるものです。 ご紹介します。

「東電破綻処理と日本の電力産業の再生のシナリオ」

                                古賀茂明

東電福島第一原子力発電所事故の被災者に対する補償問題とそれに伴う東電の経営問題について、政府の対応策の検討が混迷を極めている。

 この問題に関する論点を順序立てて整理することが、迅速で公正、かつ長期的な構造改革に資する対応策を策定することにつながる。その一環として、株主と銀行の責任を問えば、5兆円近くの国民負担が減る可能性がある。

 また、原理原則を無視した拙速な対応は、結局国会で野党の理解を得られず、解決に余計な時間がかかることにつながる。

 以下、検討の一つのたたき台として、議論の筋道を提示してみたい。

1.東電の責任か政府の責任か-決めつけは危険
 今回の地震と津波による損害について、賠償責任は「一義的には」東電にあるというのが政府の一貫した見解である。ただし、原子力損害賠償法第三条ただし書きには、「その損害が異常に巨大な天災地変又は社会的動乱によって生じたものであるときは、この限りでない」との規定があり、その適用があれば、東電にはそもそもこの法律による損害賠償責任がないということになる(その場合は、民法の不法行為による損害賠償の問題となるが、過失責任となる)。

 政府の立場は以下の点で矛盾している可能性がある。すなわち、今回の地震と津波が「異常に巨大な天災地変」に当たらないとすれば、当然、そのような事態を想定した対応が政府にも要請されていたはずである。とりわけ津波の高さ5.7メートルを前提とした規制を行っていたことについては過失があったとされる可能性が高い。

 過失があれば国家賠償の問題になる。この点について過失がないと主張するのであれば、今回の事態は政府も予測できないような事態だったのではないか、すなわち、「異常に巨大な天災地変」だったのではないかということになり、「そうではない」という政府の主張と矛盾が生じると考えるのが常識的ではないか。

 つまり、異常に巨大な天災地変であれば、東電には責任がないことになり、異常に巨大な天災地変でなければ東電に責任があるが、政府にも国家賠償責任が生じる可能性が高い。

 ただし、「異常に巨大な天災地変」か否かは客観的に判断されるべきである。津波の危険性、全電源喪失の際の危険性は数年前から指摘されていた事実を踏まえれば、「異常に巨大な天災地変」と認定するのは難しいのではないかと考えられる。

2. 被災者との関係では連帯債務に-政府と東電両方に支払い義務を 

一方、東電か政府かという議論は、被災者から見ればどちらでもよく、とにかく早く損害を賠償してくれ、ということになる。この点については、おそらく国民誰もが理解できることだろう。

 であれば、現在の原子力損害賠償法は直ちに改正し、原子力損害については、被災者との関係では、「政府と事業者(東電)の連帯債務」と定めるべきである。つまり、被災者は政府と東電のいずれにも支払いを求められることにするのである。東電と政府のどちらに責任があるのか、或いは、どのようにそれを分担するのかは、原子力損害賠償紛争審査委員会の仲介により早期に和解する(原子力賠償法18条)ことにより、その後の東電の処理の前提条件を確定することが望ましい。その際、国会の議決を経ることによりその後政争の具にされて不安定な状況に陥ることを防止することが必要だ。

3.東電が払えないなら破綻処理しかない-払えないと言った東電

 東電は補償債務を東電だけで支払うことは難しいとしている。補償債務がいくらになるか決まっていない段階でこう表明するのだからずいぶんいい加減な話だが、民間企業の経営者が、債務の支払いができないというのは企業が破たんした時だけのはずだ。払うべきものが払えないなどと言ったら、その企業と取引する者はいなくなる。払えないと思っても、経営者は最後まで払えると言うのが普通だ。会社更生法の申し立てをする直前まで払えるような顔をしておかなければ取り付け騒ぎになる。

 払うべきものが払えないなら、そのまま取引を続けさせる訳には行かない。取引によって不測の損害を被る者が出てくる可能性が高い。従って、そのような場合は、債権者或いは東電自らが会社更生や民事再生の申し立てをするべきだ(もちろん再生可能だという前提だが)。

 被災者も債権者で数兆円規模の債権を有するから、論理的には今すぐにも会社更生手続きの開始を求めて裁判所に申し立てをしてもよい。経営者が払えないと言っているのだから、早く財産の保全をしてもらわなければならない。ただし、被災者が申し立てを行うことは難しいのが現実だろう。

 もし、仮にこのまま支払い不能の会社が放置されることになるのなら、そうした事態を回避する方策を考えなければならない。原子力損害賠償債務を電力会社が負い、かつその額が相当規模に膨らみ、債務の弁済が困難になる可能性がある場合には、政府が被災者に代わって会社更生の申し立てを行うことができる、という規定を原子力損害賠償法に盛り込むことが必要だ。

 他のオプションとしては、今回の事故に限定して、今すぐ、一定の基準日(例えば6月1日)をもって会社更生手続きの開始決定がなされたのと同様の効果を発生させることも一案だ。そのための特別法を作ればよい。

 政府の対応を急がせるために、今回の事故で被害者の立場に立つ自治体が損害賠償債権者として会社更生法の手続き開始の申し立てを行って、自らの債権及び住民の債権の保全のため、東電の財産の保全を確保することも真剣に検討するべきだろう(ただし、自治体の債権額が申し立ての要件を満たしているかどうかという問題はある)。

4. 破綻処理の際の負担の順位-何故当たり前の議論が無視されるのか

 次に問題となるのは、破たん処理(再生処理という方が適切だが、従来の世の中の用語法では破たんということになる)の際の負担の順位だ。これは通常の原則に従うべきだ。まず、東電という企業自身の責任が問われるのは言うまでもない。

 経営陣の責任の取り方としては、役員全員の退任、年金の返上、退任までの給与の全額返上(幸いなことに電力会社の役員はこれまでに十分すぎるほど報酬をもらっているので生活に困ることは全くない)、相談役・顧問等の非常勤ポスト全廃などを実施すべきだ。

 従業員の人員削減、給与削減(今は高給だが、一般の企業並みには下げなければならない)、福利厚生の引き下げ(社宅・保養所の廃止を含む)、年金の減額など。ただし、福島の現場で命がけの作業を行っている従業員については当然例外とし、むしろ待遇改善を行うべきである。

 資産の売却。本社、支店、営業所等の不動産売却と移転や子会社の売却など。特に本社を売却し、福島に移転することを実施すべきだろう。当面は福島第一原発事故と被災者への対応が最優先課題となるはずだからである。内幸町に置く必要は全くない。なお、資産を売却するのはキャッシュをねん出する上では意味があるが、含み益を吐き出すことを除けば財務を改善させる効果があるとは限らないことに注意が必要だ。資産の形態が変わるだけだからだ。

原発を推進することを前提に積み立てられている各種の引当金、積立金についても、原発推進をやめる場合に必要なくなる分については積み立て義務を解除して、弁済原資に充てられるようにすべきだ。核燃料サイクルなど、既に破たんした計画のためにこれ以上積み立てる意味はないだろう。

 次に、株主責任は当然追及しなければならない。すなわち、100%減資が必要だ。

 未だに保有を続けている金融機関もあるようだが、そのような者を守るために株主責任を不問にするという判断は絶対にしてはならない。既に破たんもかなりの程度株価に織り込まれているが、最近は政府の支援が決定されれば大幅な値上がりが見込めるという思惑での買いも増えている。そのような投機家を守る必要も全くない。

 JALの際も、株が紙切れになったらパニックになるという脅しが銀行とJAL・国交省からなされたが、何の問題も起きなかった。株とはそもそもリスク資産であって、市場規律は守らなければならない。

 ここで株主を守るということは、その分を国民または消費者に押し付けるということであって、絶対に許されることではない。

 なお、高齢者の株主が多いという情緒的な風説も流されているが、株を買っている高齢者がそんなに無知で貧しい気の毒な弱者だというステレオタイプな考え方がおかしいし、もし、そんな理屈が通るなら、高齢者が買う株は絶対に破たんさせないという法律でも作るべきだろう。

 前記のように引当義務を解除した核燃料サイクルの引当金等は株主資本に組み入れた上で100%減資する。これにより、財務改善効果は最大8000億円程度改善され(無税となっていた分の課税を行うとこれよりは小さくなるが)全体では3.5兆円程度国民負担が減少することになる。

 負担の順位で次に来るのは債権者である。

 このうち、一般の商取引再建は保護すべきだろう。電力供給は東電が解体される場合でも継続しなければならない事業である。そのための取引に係る債権は守らざるを得ないだろう。

 次に社債だが、電気事業法37条の規定により優先債権となっているので、公租公課等には劣後するが、他の一般債権より優先されることになる。被災者の損害賠償債権も一般の金融債権と同等だと考えられるので、銀行の債権などと同じ順位でカットの対象になる。原子力発電から生じる売り上げが社債の利息にあてられるということを考えると、その原子力事業によって被害を受けた被災者より社債権者の方が優越するというのは如何にも納得しがたいというのが国民感情ではないか。

 しかし、これを乗り越えて、社債権者に法律以上の不利益を課すのはかなりハードルが高いということを認識すべきだろう。もちろん、社債権者の多くが被災者のために一定の協力をしたいと考えることは十分に考えられるので、その道を探る努力をすることは考えられるが、あくまでボランタリーベースだと考えざるを得ない。

 いずれにしても、銀行の無担保債権はカットの対象になることは自明の理である。3月末に融資された債権も同様だ。株価が暴落し、格付けの引き下げが検討されているような状況で融資が実施されたことは驚きだったが、銀行も東電との取引を継続したいというビジネス上の損得勘定で融資した以上そのリスクは当然負わなければならない。

 公益事業の維持のためにボランティアで融資しましたというような言い訳がなされるだろうが、これだけのリスクのある数千億円のボランティア活動を株主の了解なく行ったとしたら間違いなく特別背任だろう。

 経産省の幹部などが東電の経営について保証したというような報道がなされているが、万一そんなことを信じて融資したということが事実ならとんでもないことだ。何か不透明な裏取引があったのかとさえ勘繰りたくなる。そんなことをしたら、やはり経営者は特別背任の疑いさえ出て来る。従って、単なるうわさに過ぎないと考えたい。

補償額がいくらになるか、まだ不明確だが、東電は当然その試算をしていると思われる。だからこそ、東電だけでは支払えないと言っているのだろう。その場合、単にキャッシュが一時的に不足するという意味なのか、それとも企業価値(ないし資産)を上回る負債を抱えることになるので将来にわたって払えないと言っているのか、二通りの可能性があるが、10兆円にも及ぶと言われる規模を想定すると、後者の可能性の方が高いと考えられる。

 その場合、株主責任を問い、銀行などの金融債権をカットするとしても被災者の補償債権も同様にカットされることになる。どれだけカットするかは、東電の財務及び事業のリストラの結果、将来にわたって東電がどれだけの利益を上げキャッシュを生み出すことができるかによる。そのキャッシュによって返せる金額も変わって来る。事業再生計画によってそれが左右されるのである。

 ただし、いずれにしても10兆円にも上る補償債務を課せば、ある程度その債務はカットせざるを得なくなる可能性は高い。つまり、全ての責任は東電が最後まで一人で負うべきと言うことは感情としてはよくわかるが、通常の市場のルールに従えば、その思いを実現させようとするのはあまり現実的ではないという点は冷静に認識しておかなければならない。

 なお、現在政府内で補償金の支払いスキームを検討しているが、東電の支払い能力をどう査定しているのかが全く不明である。これだけの大規模な会社で子会社も多数保有している企業の価値を算定して行くためには多数のプロを使っても優に半年はかかるのが普通だ。仮に帳簿上の計数のみを使って、東電の支払い能力を査定しているとすれば笑止千万である。その結果を国民負担として押し付けるとすれば、その神経が疑われる。

 国民に負担を強いるのであれば、厳格なデューデリジェンスを経た上で、プロの作る事業再生計画によって将来キャッシュフローを最大化する努力をしたうえで、その額を確定すべきである。それをせずに政治判断で確定しようとするところにもともと無理がある。

プロによる事業再生スキームを使うことにより、内閣も安心して国民に対して説明ができるはずだ。このスキームの方が、政権にとっても受け入れやすいはずである。

 今のまま進めば、東電・銀行・官僚が恣意的に作った数字を前提としたスキームで、その責任だけを内閣に押し付けることになる。国会で追及された場合、簡単に立ち往生して命取りになる恐れがある。透明で説得力のある手続きで専門家の知恵に裏打ちされた案を提示するしか解決策はないのではないか。

5. カットされた補償債務は消費者、政府・国民が負うしかない-電力事業を憎むな
 上記のとおり、補償額が巨額になった場合は、電力事業の再生を前提にする限り、補償債権もカットの対象とせざるを得ない。そこで、カットされた部分をどうするのかということが次の問題となる。現在の国民の多数意見は、これを泣き寝入りで終わらせることは不当であり、何らかの形で政府が責任を持つべきだと考えていると思われる。

 そもそも、■1で述べたとおり、政府にも過失責任がある可能性が大であり、その場合は、国家賠償責任ということになる。少なくとも東電が払えない部分は、当然政府が払うべきということになるのである。

 政府が責任を持つということは、国民に負担の分担を強いるということだ。その形として考えられるのが、電気料金か税金である。とりあえず国債という考え方もあるが、最終的には国民負担につながる。

 電気料金で負担を強いるとすると、まず福島原発の恩恵にあずかっていた東京電力管内の需要家に負担させるため、東京電力にのみその分課税(電源開発促進税)してそれを料金に転嫁させるという方法がある。

 次に原発の恩恵にあずかっていた全国の需要家に負担させることが考えられる。沖縄電力は原発を保有していないので、沖縄以外の全国の電力会社に課税(電源開発促進税)してそれを料金に転嫁することにすればよい。

 これに加えて、電力の使用量に関わりなく一定の負担を全国民に負担してもらうという考え方もある。社会的な連帯という考え方だ。課税の仕方は、所得課税、資産課税や消費課税などがあり得る。料金による負担が応益負担なので、こちらは応能負担を前面に出して所得課税や資産課税ということにしてもよいのではないだろうか

 東電の責任の一部を国民に転嫁することには反感が強いかもしれない。それを恐れて、東電が20年、30年かけて、利益の中から全額支払いをすべきという議論も出るだろう。しかし、金に色はない。その場合、結局のところ様々な形で、目には見えないが、料金負担やサービスの低下という形で東電の負担が消費者に転嫁されていくということになるのは必至だ。

 しかも、責任を果たすためには、東電が存続しなければならないという議論になり、後述するような東電の解体による電力市場の構造改革の障害になる可能性が高い。この点は非常に重要な問題である。

 また、東電に長期的に責任を課すと、それを監視するために国がその間経営に関与する必要が出て来る。これは絶対に避けた方がよい。純粋なビジネスに政府の影響力を及ぼすとこれまでの経験から分かる通り、経営に歪みが生じて企業の健全な発展の障害になったり、新たな利権構造が生まれることが必至である。

 また、政争の具になる惧れも強い。従って、通常の事業再生と同じように、プロに再生計画づくりを任せて政治的なバイアスを取り除き、その結果、企業価値の範囲での支払い責任だけを負わせて、新生東電(最終的には分割されるが)は日本の電力産業の発展の一翼を担う企業にしていくことが国民経済上最も望ましいと考えられる。

 現在伝えられるように新たな機構を創設して長期にわたり東電に支払い義務を課し、政府や政治家が東電の経営などにかなりの影響力を持ち続けるというのは最悪の選択になる可能性がある。新機構は数年後には天下り機関になることは必定である。その前でも現役出向・派遣と称して多くの官僚がそこで給料を得ることになるであろう。

 つまり、東電憎しという気持ちはわかるが、今の東電は憎んでも、再生後の電力事業は、東電ではなく、新たに創造された事業だと考えて、新生会社には、むしろ元気に世界の先端的電気事業会社として成長を期待できるようにする、という発想の転換をすべきだ。いつまでも恨みつらみを引きずっていては、結局国民が損をすることになる。

6. 電力供給を止めない方法-すぐにフリーズして2段階処理を

 以上のような方策について、そんなことをするとすぐに、東電の市場での信頼が失われ、資金調達に支障が生じて、大停電が起きるとか今後の設備投資ができなくなるという風説を流してこれを妨害しようとする勢力が出て来るであろう。チキンゲームその一だ。

 冷静に考えてみると、東電は他の企業とは全く異なる特性を持っている。すなわち、消費者・顧客を人質に取っていて、自分が起こした事故なのに、料金を値上げしたいというようなことを平気で言えるほど、売り手優位の企業なのである。JALとはそこが本質的に違う。JALを含め普通の企業では信用不安が生じると、顧客が逃げて、時間とともに売り上げが大きく減少してしまう。そのためキャッシュフローで困難に陥る恐れが強い。また、それによって企業価値も大きく棄損するので再生の可能性も一気に低くなる。

 東電は独占企業だからそういう心配がない。毎日多額の料金収入がある。そんなに巨額の資金調達が必要な訳ではない。ただし、信用不安が起きれば、例えば、燃料の購入取引を現金取引にしてくれと言われるかもしれない。万が一にもそうしたことが原因で停電が起きるようなことは避けなければいけない。

 これを防ぐためには、まず、■3で述べたように、会社更生手続きが開始されて財産の保全命令が出されたような状況を作ることが必要だ。実際に自治体が会社更生の申し立てを行うということも考えられるが、別途立法で基準日を定めて一時停止の状態を作ることでもよい。これにより、まず、取りつけ騒ぎを防止し、財産の保全がなされる。

仮に財産保全を行わないと、銀行の債権でたまたま先に弁済期限が来たものから順に弁済されてしまう。その分被災者への弁済原資が外に流出してしまう。このような不公平な事態が生じることは絶対に避けなければならない。

 今、スキームの決定を全体として先送りすることが政府内で検討されているようだが、これは私の提言の趣旨を理解していない。財産保全は直ちに行うべきで、決して先送りは許されない。その後に行う事業再生のプロセスはある程度の時間をかけることが必要だが、そのことは、全てを先送りして良いという意味ではない。

 財産保全を行うのとともに急ぐべきなのは、日々のキャッシュフロー管理を厳格に行ったうえで、どうしても必要な資金については、何らかの形で国が調達を保証する仕組みを作り、国の債権(保証を受けて融資を実施した主体の債権を含む)をDIPファイナンスとして優先弁済を保証することだ。

企業再生支援機構を一時的スポンサーとして更生法を使った再生を行ったJALのようなやり方も可能だし、別途それを実施する立法措置を取ってもよい。

 会社更生法と企業再生支援機構を使う場合は、管財人がその後の東電の経営管理も行うことなる。JALで行ったような厳しいリストラ(子会社売却を含めた資産売却、人員整理、年金削減等)を実施することになるだろう。

 特別な立法措置を採るのであれば、東電経営監視委員会のような独立の組織を設けて、そこが管財人のような役割を果たすことにする必要がある。

 これらの措置をとれば、資金調達に不安はなく、また、今までのような独占を前提にした放漫経営で資産を徒に流出させるようなことも防止できる。銀行の債権を補償債務支払いの前に優先的に実行してしまうことも避けられる。もちろん、電力供給が止まることもない。

 JALでは実際にこうした方法により再生を行ったが、飛行機は一切止まらなかった。「大停電」を脅し文句として東電と銀行の利益を守ろうとする策略に政府はまんまと乗せられているが、ここは毅然とした態度で、チキンゲームは機能しないことを明確に示して、混乱に終止符を打つべきだ。

7. 金融不安は起きない-銀行がパニックに陥る理由

 チキンゲームその2の根拠となる風説は、銀行の債権をカットすると金融不安が生じるという脅しである。特に社債市場が崩壊するなどという大げさな噂が飛び交っている。

 確かに、社債市場は一時事実上の機能停止状態となった。今でも東電の社債が保護されるかどうか不明なので投資家は神経質になっているだろう。しかし、東電債は■4で述べたとおり、優先弁済が保証されているので、実際はカットは行われないだろう。

 投資家はそれほど愚かではない。現に、一部の企業では既に社債発行再開を決めている。一方、電力会社が危険な事業を行っているから電力債は買わないというのは、ごく普通の投資判断だ。危ない事業をやっているのだ

から金利が上がる。それは当然の市場原理であって、電力会社が今まで通り低金利で資金調達できると考えること自体が社会主義者の考え方だろう。

 自動車会社が社債発行できないということであれば問題だが、そういう投資判断はないだろう。一時的に多少の混乱はあるかもしれないが、それはむしろ市場がリスク判断を正しく調整する過程だと考えるべきで、これを無理に抑え込むということはかえって市場をゆがめることになる。

 JALの場合も社債カットをしたら大混乱になると喧伝されたが、8割カットしても何の問題もなかった。

銀行の債権がカットされることはさらに影響は小さい。数千億円単位のカットであれば十分耐えられるはずだ。

万一「貸し出し余力に問題が生じる」などと脅しをかける銀行が出てきたら、公的資金の注入を要請するように金融庁が言えば、直ちに「大丈夫です」という返事が返って来るであろう。これも単なる脅しに過ぎない。

 上場維持しないと東電の信用力が落ちて大変だなどというのも、全く同じような思惑の脅しである。

 では、何故これほどまでに100%減資反対とか債権カット反対と叫んでいるのか。それは、金融機関の経営者の責任が問われるからである。特に、3月末に実施した二兆円近い融資については、■4で述べたとおり、背任罪さえ視野に入って来る無謀な融資である。これがカットされれば、少なくとも、株主代表訴訟は避けられないだろう。理論的には個人で数千億円の請求を受けることになる。

 また、100%減資をされれば、東電株を大量保有している金融機関はさらに損失が膨らむ。何故、3月に売らなかったのか、と株主に問われれば、経営判断としてはとんでもないミスでしたと認めざるを得ない。いずれにしても、経営者の保身のためのチキンゲームに踊らされるのは早く止めなければならない。

 JALの場合は、100%減資して(もちろん上場廃止)、大幅な債権カットは社債も含めて実施されたが、金融市場に大きな混乱はなかった。

8. 電力会社の資金調達コストは上がって当然-それによる消費者負担増は経済合理的

 上記のとおり、原発事故のリスクを抱えた電力会社の資金調達コストが上がるだろうという予想は正しい。しかし、それは、市場のリスク評価が本来あるべき姿になるだけのことであって、それによって、原発事業のコストが上がることはむしろ好ましいことであろう。

 原発をこのまま運転しますという企業の金利が上がることによって、真の原発のコストがわかることになる。

安全性について市場に理解してもらえれば金利は下がるかもしれないし、あるいは、金利が禁止的な高水準になれば、原発の運転は止めなければならないかもしれない。(それでも原発を推進すべきということであれば、いきなり国営原発とする必要はないとしても、何らかの政府の関与が必要になる。)

 原発を保有していない沖縄電力の金利が相対的に低くなれば沖縄はそれだけ電力コストを相対的に低く保つことができ、企業の立地競争上優位に立てることになる。

 様々な形で原発のリスクを市場が織り込むことによって、電力料金が上がっても、それは受け入れなければならない。

 何故、経団連が東電の責任を免除せよと要請しているのか。■9の議論の他に、電力コストの上昇を避けたいというのも本音の一つだろう。電力料金が上がれば日本から出て行くぞという脅しもあるかもしれないが、こんなどさくさに紛れて、日本を捨てる口実に今回の事故を利用しようとしていると見ることもできる。もちろん、冒頭に述べた、東電免責論には一定の根拠があることは否定できないが、そうした純理論的な思惑で動いていると見るのはナイーブにすぎるのではなかろうか。

9. 何故事故が起きたのか、対応がうまく行かなかったのか-東電による日本支配の構造

 今回の事故が何故起きたのか、事後対応が何故うまくいかなったのか、という問いに対する答えは、ガバナンスということに尽きるだろう。事後対応に関する政府の混乱については、これからの検証をまたなければならない部分が多いが、根本的な問題は、東電は、日本中で誰よりも圧倒的に強い立場にあったという事実を指摘しなければならない。

まず、政治家との関係では、 自民党の政治家は全国の電力会社に古くから世話になっている議員が多い。電力会社は各地域の経済界のリーダーであり、資金面でも選挙活動でもこれを敵に回して選挙に勝つことは極めて困難である。従って、今回の事故後にも、自民党の政治家で具体的に東電の解体論などを唱えているのは河野太郎議員ら極めて少数の議員しかいない。今後も電力会社の世話になりたいと考えている議員が圧倒的に多いので、東電に厳しい政策はなかなか通りにくい。逆に東電を守ろうとする露骨な動きも表面化している。

 民主党も電力会社の関連労働組合である電力総連の影響を強く受ける。電力総連は連合の中でも最有力組織の一つで、現在内閣特別顧問(「特別」とつけたところに民主党が如何に組合に気を使っているかわかる)の職にある笹森清氏が東電出身で電力総連会長から連合会長に上り詰めた人物であることを想い起こす人も多いだろう。

 菅政権は今のところ、東電に厳しい姿勢を取っているが、最後は国が責任をとるというような言動が目立つようになってきており、今後どこまで労組から独立した路線をとれるかは厳しく監視して行かなければならない。

 こうした状況を変えて、東電の影響力を排除した形で政治的判断をできるようにするために、直ちに東電及び東電労組による政治家への献金、便宜供与、ロビー活動の禁止などの措置をとる。特に、個人献金の形で事実上の企業献金が行われる可能性が高いので、東電再生期間中は役員・従業員にも献金の自粛を求める必要がある。

 次に、省庁との関係である。政府の中では内閣府の原子力委員会と経済産業省の資源エネルギー庁が原発推進機関、内閣府の原子力安全委員会と経産省の原子力・安全・保安院が安全規制実施機関であるが、いずれも事実上電力会社、東電の支配下にあると言ってよい。

 原子力委員会と経産省資源エネルギー庁はそもそも原子力発電の推進派である。原子力安全委員会は原子力委員会と同じ内閣府の下にあり、また、原子力安全保安院は資源エネルギー庁の特別の機関という位置付けだが、実質は言わば子会社である。しかも、これらの組織に関与している多くの学者がいわゆる御用学者である。

つまり、推進と安全チェックの組織が同居していて、チェック機能が正しく働く仕組みになっていない。

 いずれの組織も巨額の原子力関連予算で潤っており、業界との関係も深い。つい最近も経産省から過去50年で68人が電力会社に天下っていたことが報道されていた。資源エネルギー庁長官が退官4ヵ月で東電に天下りしたことに非難が集中し、最近東電顧問の職を辞した(なお、他の電力会社のほとんどに今でも天下り役員等がいる)。

東電に足を向けて寝られないという状態である。

 さらに、東電は強大な政治力を背景に、経産省の人事にまで影響力を行使すると信じられており、現に電力自由化を強硬に唱えた官僚は左遷されたり早期退職を余儀なくされたりしていると言われている。こうした環境下では、本気で東電と戦うことは、まさに職を賭すということになるため、今日では、そうした声は殆どなくなってしまったのが実情である。

 三番目に経済界も東電に支配されている。東電が電力を供給しているからではない。東電が巨大な調達を行うからである。

 鉄、化学、電気、石油はもちろん自動車産業も東電には大量の製品を納入している。

 銀行も東電は最優良顧客だった。証券会社も東電債は最大の社債銘柄である。ある証券会社の最近のレポートでは補償金の支払いのスキームに関して、東電を守るための提灯提案をしている。プロを装いながら自分達の商売を守ろうとする詐欺行為だ。

 商社ももちろん東電には頭が上がらない。

これらの大企業の集まりである経団連が必死に東電を擁護しているのは利益最優先の私企業集団としては当然だが、それを公益のために主張しているかのように見せていることに偽善を感じる人は多いだろう。

 この他、事業所付近の飲食業はじめ各種サービス業なども東電のおかげで潤っていることは周知の事実だ。

 東電はコストに一定割合(公正報酬率などと呼んでいるが公正と言えるのか甚だ疑問)をかけて利潤を上乗せできる。コストを増やした方が利益も増えるのだ。だから、厳しいコストカットなど行うインセンティブはない。

従って、単に調達額が大きいだけでなく、納入業者から見れば、他にないおいしい商売が保証されることになる。

 従って、経済界で東電に逆らう者はいない。経団連が東電の免責を主張しているのも東電のご機嫌取りをしているだけでなく、東電の経営が厳しくなれば、コストカットの影響がおいしい商売に及んでくることを本能的に恐れていると見ることもできる。

 マスコミも東電に支配されている。東電は膨大な広報予算の配分によって、原発批判等はすぐに抑え込む力がある。

 現に、これほどまでに世間の批判を浴びている今日でもまだ東電の顔色を気遣うテレビ局のプロデューサーや新聞の論説委員も多い(テレ朝が私を出演させて東電の破たん処理プランを紹介したのは極めて勇気のある行動だ)。

 東電の会長・社長が会見に殆ど姿を現さないのに、一方で全く心のこもっていないお詫び広告を出すのは、広報予算を使ったテレビ局への圧力だと受け止められている。

 また、事故当時、勝俣会長がマスコミ関係者と中国旅行に行っていたことが暴露されたが、そうした不透明な癒着も広がっている。

 学者も電力会社からの研究資金や情報提供などを含めた様々な便宜供与を受けること等により影響下にあると言われている。原子力安全委員会メンバーの多くが御用学者と言われているし、経産省の各種審議会・研究会などでも電力自由化や原発の安全基準などの議論をしていると、当初改革派が優勢でも、途中から殆どの学者が寝返って、最後は多くの場合、一人か二人になって改革派が孤立するというのが常であった。

 その裏には、東電をはじめとしたすさまじい根回しがあったと言われている(「東大の学者は電力会社に買収されている」というノーベル賞学者の発言もあるほど)。

 文脈がやや違うが、今日最もその独立性を問われているのが、新日本監査法人の東電担当チームだ。現在のような状況では到底監査証明は出せないだろう。仮に政府が何らかの対策について閣議決定したとしても、それがすんなり国会で通る可能性は極めて低く、議論すれば破たん処理となる可能性の方がはるかに高い。従って、閣議決定がなされるかどうかは監査に対してあまり大きな意味は持たないはずである。

 新日本監査法人は、りそなやJALで、政府の影響を受けたという風評でその信用に大きな傷がついた。特にJALは中間決算時点で破たん必至と見られていたのに監査証明を出し、その直後に破たんというとんでもない失態を演じたのは記憶に新しい。

政府や東電、銀行の圧力に屈していい加減な監査でお茶を濁すようなことになれば今度こそ市場の信認を失うであろう。新日本監査法人は東電及び銀行・経産省から強大な圧力を受けることが予想されるが、むしろ新日本が彼らに引導を渡し、今回の東電処理を正しい道筋に導くことを強く期待したい。

10. 「政府の責任=国民負担」の前に経産省と内閣府の責任を問え-東電をスケープゴートにする官僚たち、まず資産売却を

 現在燃え盛っている東電バッシングは、国民感情としては良く理解できるが、これだけに関心が集まると、経産省等の政府の責任が不明確なまま東電の処理策が決まってしまう可能性がある。政府の責任を言うとすぐに国民負担という話になるが、その前に経産省等の責任を明らかにする必要がある。東電の経営者の責任を問うのと同じである。

 今回の原発事故の直接の原因である地震や津波に対する安全対策の基準が甘すぎたことは明らかだ。だから政府は東電に責任があると言っているが、東電は政府の基準に従っていた。本来、安全をチェックする責任を負っている政府は、東電の対策が不十分な場合、適切な安全対策の実施を指示したり、不十分なら原発の運転を止めたりする責任があったはずだ。

 とりわけ、貞観大地震などの研究成果に基づき、地震・津波対策の抜本的強化の必要性が叫ばれて以降の原子力安全・保安院、資源エネルギー庁、経済産業省の関連幹部の責任はある意味、東電より大きいとさえ言える。現在の幹部ももちろんだ。彼らが、今、東電の温存策策定に必死になっているが、事故の責任者に将来の対策の立案を任せていては、自分達の利権擁護と保身のために対策が歪んでしまう。彼らをまず対策立案チームからはずすことが正しい対策立案への近道になる。

 これらの責任のある幹部には退任と退職金返上を要請すべきだ。過去の幹部にも補償金のための退職金返納を求めるべきだ。

 先日、東電に天下りした前資源エネルギー庁長官が顧問職を退任したが、他の電力会社の殆どに今も天下りの経産省OBがいる。彼らにも自主的退任を求めるべきだろう。彼ら個人に必ずしも直接の責任がある訳ではないが、被災者の感情を考えただけでも天下り癒着の構造を残すことは許されないだろう。

 また、他の原発立地地域の住民から見れば天下りで癒着していれば国が本当に安全を確保してくれるのか極めて不安になる。全電力会社への天下り禁止と天下り役職員等の退任を求めるべきだ。

 実は、天下りによって規制対象企業との癒着で十分な安全規制が実施できなくなるという不安はかねてから指摘されていた。今、それが最悪の形で証明された訳だ。これは、何も経産省に限ったことではない。今こそ、全省庁において、最低限、規制対象企業への天下りは全面的になくすように内閣として自粛要請すべきだ。

 次に、政府の責任という場合、個人の責任追及だけでなく、東電が行うのと同様に意味のない資産を売却して補償財源を確保するということが必要だ。手っ取り早いのは、まず、JT株(現在の株価でも三兆円)、NTT株の売却、さらに、日本郵政株も本来の方針通り早期に売却すればさらに数兆円が入るだろう。

 公務員幹部宿舎、印刷局その他の土地、独法の保有する株、債権など天下りや各種の利権を温存するために保有している資産は、国民にとっては百害あって一利なしであるから、直ちに売却する。これによって料金値上げや増税は必要なくなるか、かなりその規模を圧縮できることになる。

 なお、核燃料サイクル推進を前提とした積立金なども取り崩しを認める。他の電力会社にも積み立て義務を解除し、免税されていた分の課税を行って補償金財源に充てることも必要だ。

11. すぐに簡単にできること-広告禁止と研究資金源・便宜供与の公開
 東電の広報は原則禁止措置をとればよい。当面は政府が要請する。東電は従うであろう。これによって、マスコミへの不当な影響力を排除することができる。また、これまでに行ったマスコミに対する接待や便宜供与などは全て個人名を含めて公表させることが重要だ。管財人や経営監視委員が指名されたのちは、彼らがその実効を確保する。

 本当にお詫びしたいのだということであれば、原発事故が収束するまでは、お詫び広告の代わりに毎日社長が土下座会見をすることにしてはどうか。

 東電による学者等への資金拠出・原稿料・講演料などの支払いも全面公開を要請する。これにより御用学者があぶり出され、彼らによる東電寄り「専門家」情報の影響力を弱めることができる。

12. 事故調査は政府任せではいけない-国会の下に独立の事故調査委員会を
 政府は5月中旬に事故調査委員会を設置するとしているが、今回は、一省庁の問題ではなく、内閣そのものの責任が問われることになる。そうなると、内閣が作る調査委員会で真に公正な調査が出来るのかという疑問がある。今回は、国会に事故調査委員会を設置し、国会に対して報告することにするべきだ。

 今回の事故の原因、発生後の対応などについて調査・分析し、今後の規制の在り方などについての提言を含めた報告を行ってもらう。

 委員には原子力関係者はごく一部とし、危機管理の専門家や経済学者など他分野の専門家も入れるとともに、御用学者を排除しなければならない。また、委員就任後に東電などから様々な働きかけが行われる可能性があるので、そうした接触や便宜供与を禁止することも必要だろう。

 今回、日本の原発危機管理が世界でもかなり遅れていることが判明した。世界の専門家を招へいして国際レベルの調査を行うべきである。

13. 電力事業の構造問題への対応-発送電分離と発電分割と完全自由化

 今回の事故後の対応によって、実は将来の電力市場のあり方、さらには日本の社会の在り方にまで大きな影響を及ぼす可能性がある。逆に言えば、やり方によっては、今の構造をそのまま温存することになる危険性も十分あるということだ。

 まず、首都圏直下型等の地震発生可能性が高まっていることを前提として、経済機能の首都圏集中を根本的に見直し、10年後に首都圏で供給される電力を現在よりもかなり低めに設定する。大口需要者に対する電力使用制限を常用することなども検討し、経済主体の地方分散を促進する。ただし、国外移転回避のための措置も必要となる。

 同様の趣旨から電源の分散設置のための方策を検討する。

 併せて再生可能エネルギー利用・自家発電などあらゆる分野における規制緩和を集中的に行う。電気事業法はもちろん消防法などを含め関連規制を総合的に見直す。

 これらを実施して行く上で、東京電力が発送電で事実上の完全独占状態となっていることが大きな障害となることは明らかだ。これまでも卸電力や大口需要家への電力小売りの自由化が、東電の巨大な影響力が残っているため実質空文化に近い状況となっている。

 まず、発送電分離を前提とした電力自由化の方向を明確化して乗り越えるべき課題について早急に検討する必要がある。その際、東電の巨大な経済力が政治、経済、社会を支配している状況も併せて根本から正すために、発電部門は分割してその規模を縮小するとともに自由競争下において、通常の企業としてのガバナンスが働く構造を確立することが必要である。

今回の事故の原因、事後対応のまずさがガバナンスの欠如を主因としていることは既に広く指摘されているが、その根本原因である、東電による市場の独占と巨大な経済支配力を崩すことが今後の改革の主要テーマとなる。

14. 第二段階の具体案-持株会社段階を経て規制を整備し完全分割へ

 財産保全と電力供給のための資金確保策を講じる第一段階を経て、将来の再生に向けた第二段階のプロセスに入る。その後の道筋は、今の段階で予断をもって決めつけない方がよい。

 まず、事故被災者に対する補償債務がどの程度になるか概ねの額が判明するまでにはまだかなりの時間がかかるだろう。

 さらに、東電の資産査定や事業再生計画作りの前提となる、今後の原発行政や電力行政の基本方向が決まるまでにも時間がかかる。

 これらの前提条件を固める作業を横目で睨みながら、実際の再生計画作りが行われることになる。ただ、これまでの多くの巨大企業の再生では、必ず相当無駄なコストが隠れていて、実は、コストカットだけでもかなりの

収益構造の改善が出来るというのが常識だ。東電の場合は独占企業であり、しかも過去に経営危機に瀕したことはないので、その程度はこれまでの企業の比ではない可能性が高い。コストカットは、今後の電力行政の方向がどうであれ、どんどん進めるべき事柄だ。

 また、これまで、経産省と東電の間の癒着構造の中で行われていた料金査定も今回は過去の積み上げからの変化分をチェックするのではなく、根本から徹底的に見直す作業が必要だ。他の電力会社にもその結果は適用されることにする。それによって電力料金はかなり下がる可能性がある。もちろん、東電への納入側である経済界などの抵抗も予想されるが、これに手心を加えてはいけない。

 これらの作業を早期に実施するためにも、早急に再生処理の専門家チームに今後の東電の経営を任せるスキームに移行しなければならない。従って、決算を延期すれば一息ついてよいというようなものではなく、いずれにしても、政権は早急に決断しなければならないということに変わりはない。そのことが十分理解されているのか心もとない。

 実際に事業再生過程で発送電分離と発電部門分割を行うやり方は、専門家に任せればよいが、一つの案としては次のような経路を採ることが考えられる。

 まず、東京電力を持株会社とし、その傘下に発電部門(東京発電株式会社)と送電部門(東京電線株式会社)を別々の子会社として配置する組織再編を実施する。

 次に発電部門を事業所単位で分割して持株会社の下に子会社として直接配置する。

 各子会社は独立採算として、1年から2年程度の実績を見て各子会社間の連携上の課題への対応、将来子会社を完全売却した場合の問題点の想定と対策案を策定。必要な法整備の検討を行う。

 福島第一原発の廃炉事業はこれらとは別会社とする。この切り離しの方法については別途検討が必要。

 これらの準備段階を経て、概ね3年から5年以内に、発電事業会社を順次売却する前提で特に送電会社に対する特別の規制のための法整備を行う。送電会社は上場により資金回収することを基本とする。

 電力事業の規制主体としては、独立の3条委員会(「電力事業規制委員会」)を過渡的に設置し、電力全体の自由化が終了して安定した段階で、この委員会を公正取引委員会に統合する。

なお、送電については、現在の交流送電網は今後も独占となるため、適切な規制が必要だが、今後は新たな技術開発の進展に応じて直流送電の可能性が広がるとも言われており、これらについては自由化することができる。

将来的にはNTTやJRが既存のインフラを利用して送電に進出する可能性もあるのではないか。いずれにせよ、送電にも競争が部分的に導入されれば、地域を越えた市場の自由化につながるだけでなく、電力の安定供給の観点からも効果が期待できる。

 なお、これらの改革を進めるのと歩調を合わせながら、他地域の電力についても同様の改革を進めることが必要であるが、その進め方については別途検討が必要である。

15.原発規制の見直し

 原発推進機関の経産省と原子力安全・保安院の事実上の一体化が杜撰な地震・津波に対する安全規制につながった可能性が高い。原発関連情報の隠ぺい・改ざん事件にみられる過去の東電と経産省の天下りを含む癒着の構造も事故原因となり、また、事故後の対応に失敗した原因となっている可能性が高い。

 原子力安全・保安院には実は高度な専門知識を持つ職員が殆どいないため事実上規制能力がなかったことも判明した。

 上記の構造に対して、国民及び海外の批判は極めて強く、現状のままでは既存の原発の稼働にさえ理解を得ることは極めて困難になっている。このため、現在の原子力安全規制の在り方を根本から変えることが必要となる。

 ア.原子力安全・規制は経産省から完全に切り離す。

イ.原子力安全・保安院は廃止し、原子力安全委員会を抜本的に改組・強化(人員も増強)して独立性の高い3条委員会とする。

ウ.能力のない者は雇用しない。

エ.委員会の委員の独立性・公正性を確保するための措置を導入する(電力会社やその関係組織・支援組織からの資金提供に関する情報公開など)。

オ.事務局には、外国人を含む民間人を大量に登用する。専門知識が必要なポストにはそれにふさわしい職員を配置する。必要に応じて給与体系も特別に作る。この分野は極めて専門性が高いが、日本のレベルは米・仏などに比べて官民とも極めてレベルが低いことが判明した。バブル崩壊で金融分野の人材のレベルが暴露されたのと同じである。官民の人材流動化が必須であり、これを進めることによりガラパゴス化した原発規制分野の人材の国際化と高度化を図る。山一、長銀破たんなどが金融分野で人材流動化の突破口となったのと同様、東電破綻がその突破口となる。       

16. スマートグリッドと再生可能エネルギーで世界一の電力市場を

 わが国ではこれまでスマートグリッドの取り組みが進まなかった。その最大の原因は電力会社の抵抗だと言われている。スマートグリッドを本格的に推進するとなると、再生可能エネルギーを含めた分散電源の振興の議論と対になって、発送電分離が必要という議論を誘発し、本格的な電力市場の自由化につながるからだ。

 従って、■13で述べた改革は、これまで電力会社の抵抗で進まなかったスマートグリッド推進のための最低限の環境整備につながることが期待される。

 また、わが国では原子力推進について国があまりに肩入れし過ぎて来たことにより、原発のコストが過少に評価されていた。そのことにより、電力多消費産業には補助金を与える効果をもたらした。逆に言えば、再生可能エネルギーは不当な差別を受けて来たとも考えらえる。

 今後は、原子力偏重の政策を見直し、原子力関連予算の大半を再生可能エネルギーの普及策に回すことなども考えるべきであろう。いずれにしても、原発のあり方について早急に根本から議論を行い、国民的コンセンサスを得ることが重要だ。

 再生可能エネルギーの発展を中心としたエネルギー供給構造が出来ないか、長期的視野に立った上で真剣な検討が必要だ。

 以上のとおり、原発補償問題と東電の経営問題の処理に当たっては、長期的な視野に立った上で、幅広い論点について整理しながら将来の電力産業や社会の在り方まで見据えた抜本的な対応策を策定して行くことが求められる。

 これには時間が必要だ。従って、二段階処理が求められる。

 しかし、だからと言って、初動の対応策を先延ばしにすることは許されない。この問題を政争の具にすることを避け、直ちに超党派で対応策を協議し、今月中に必要な法律を通すことを目指すべきである。

 上記の第一段階の措置を実行するためには、それほど難しい条文は必要ない。内閣に少数精鋭の改革魂にあふれる独立性の高いプロ(官僚を含む)を集めたチームを置き、作業に当たらせることが必要だ。法案策定等を含め

て一ヵ月で実際の破綻処理に移行できる程度のスピード感が必要だろう。

 そして民主党政権の最大の欠点である、専門分野に素人の思いつきと感情論そして政局がらみのバイアスを持ち込むことを一切排除するスキームを作る。それさえ出来れば、現在の混迷した状況は一挙に改善するであろう。

(本稿は全て筆者の個人的見解である)

 (原子力損害賠償法)
第三条  原子炉の運転等の際、当該原子炉の運転等により原子力損害を与えたときは、当該原子炉の運転等に係

る原子力事業者がその損害を賠償する責めに任ずる。ただし、その損害が異常に巨大な天災地変又は社会的動乱

によつて生じたものであるときは、この限りでない。

 第十六条  政府は、原子力損害が生じた場合において、原子力事業者(外国原子力船に係る原子力事業者を除

く。)が第三条の規定により損害を賠償する責めに任ずべき額が賠償措置額をこえ、かつ、この法律の目的を達成

するため必要があると認めるときは、原子力事業者に対し、原子力事業者が損害を賠償するために必要な援助を

行なうものとする。
2  前項の援助は、国会の議決により政府に属させられた権限の範囲内において行なうものとする。

 第十八条  文部科学省に、原子力損害の賠償に関して紛争が生じた場合における和解の仲介及び当該紛争の当

事者による自主的な解決に資する一般的な指針の策定に係る事務を行わせるため、政令の定めるところにより、

原子力損害賠償紛争審査会(以下この条において「審査会」という。)を置くことができる。

 2  審査会は、次に掲げる事務を処理する。
一  原子力損害の賠償に関する紛争について和解の仲介を行うこと。
二  原子力損害の賠償に関する紛争について原子力損害の範囲の判定の指針その他の当該紛争の当事者による自

主的な解決に資する一般的な指針を定めること。
三  前二号に掲げる事務を行うため必要な原子力損害の調査及び評価を行うこと。

 3  前二項に定めるもののほか、審査会の組織及び運営並びに和解の仲介の申立及びその処理の手続に関し必

要な事項は、政令で定める。

 (電気事業法)
第三十七条  一般電気事業者たる会社の社債権者(社債、株式等の振替に関する法律 (平成十三年法律第七十五

号)第六十六条第一号 に規定する短期社債の社債権者を除く。)は、その会社の財産について他の債権者に先だつ

て自己の債権の弁済を受ける権利を有する。

 東電福島第一原子力発電所事故の被災者に対する補償問題とそれに伴う東電の経営問題について、政府の対応

策の検討が混迷を極めている。

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