2010.05.11

米軍基地問題から想起する「成田空港問題」

鳩山政権が「普天間基地移転」にからみ、厳しい局面にさらされています。

仮に「辺野古」も「徳之島」も、住民の意思とは別に、政府が強行突破した場合は、その政権の帰趨に拘わらず、「国民と国」との信頼関係は、将来への大きな傷跡を残すことになると思われます。

私が、国際線を乗務開始したのは、1968年。もちろん羽田空港でした。右肩上がりの航空需要に対応するには、巨大な国際空港が新たに必要であることは、周知の事実でしたが、羽田を拡張するのか、それとも新しい空港を作るのか、と言う点では、「新空港建設」で政府内はまとまっていました。当初は、「富里」が候補でしたが、用地の確保、騒音・安全問題などで地元の合意を取り付けるには、と言う課題から急転「三里塚」と決まりました。

しかし、当然のことながら、「騒音問題への対応処置や、住民移転問題」などで、交渉が進捗せず、政府は「土地の強制収用」で臨みました。地元だけでなく異なる勢力がこの問題に入り込んだこともあって、警察官の死傷者まで出す惨事となりました。

そして、1982年開港しましたが、東北新幹線と並んで当時政府が予定していた「成田新幹線」は、立ち消えとなったまま現在に至っていると言っても過言ではないでしょう。

問題は、国が住民の合意をとりつけないまま、発進するとどういうことになるか、公約していたことを実行しないと次々にパッチ当てをしなければならなくなるということを物語ってきました。

首都圏の空港政策として、一旦「羽田」から「成田」に移した時には、関連各企業の数万人家族を入れると10万人以上が住居を変え民族大移動を余儀なくされました。

ニューヨーク・パリなど世界の名だたる都市の首都圏空港は、30年も前から2~3空港ありました。それぞれが若干の違う任務を担当していますが・・・。日本においても「羽田」と「成田」の住み分けをどのようにするのか、を政府は、はっきりと表すべきだと考えます。

人気blogランキングへ

コメント

はりさん

お久し振りです。仰るとおりだと思います。

投稿者: 秀島 一生

沖縄の問題は、日米ともお金のかからぬ当初の予定で決着すると思います。
組合という大票田をバックに抱えた福島大臣も連立離脱はしないでしょう(土井さんのとき、あれだけうまく立ち回った人ですから)
沖縄は返還されましたが、米国からみれば、あれはおたがいの経済利点にあったと思います。現在でも本島だけで直接雇用は8,000名にのぼり、その家族、および関係商店は大きな経済効果を受けているのです。
そのあたりのことは沖縄の政治家も承知です。
戦争に負けてはいけません、このことは北方4島にもいえます。

投稿者: M.H

成田空港は東京の中心部から遠すぎます。上海なみの高速移動手段をもっと早い時期から考えておくべきではなかったかと思います。

投稿者: はり みのる

コメントを書く






トラックバック

この記事に対するトラックバックのURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/26612/48331089

この記事へのトラックバック一覧です:

Copyright (C) 2001 - 2004 Hideshima Issei All rights reseved.