2004.07.19

星降る夜に!(38)~「民族に色あり」「くせあり」です!!・中国編プロローグ~

~人生いろいろ、機内の様子はそれぞれです・中国編プロローグ~

今や、世界の経済の動きは、戸籍が確定しているものだけで12億人といわれる「中国」から発するといわれる時代になりました。中国とは、中華人民共和国です。

しかし、かれこれ30年前は、中国人旅客といえば、少なくとも国際線の業界常識では、香港や台湾の人達を指すというくらい中国本土からの往来は少ないものでした。北京、上海にはじめて日本の民間航空機が空路を開いた頃、そう、あの田中角栄さんの訪中で「日中友好条約」が結ばれてからです、私もかの地「北京」(英語ではベイジンです)にしばしば乗務で飛来しました。このときの印象をしばし。まず、空港から市内まで延々とまっすぐな広い道路、両脇には並木が植えられており、これもいつまでも続きます。
特徴変化がまるでないのでじっと眺めていると心地よい催眠にかかりそうな風景でした。
当時はアメリカ/日本/ヨーロッパ資本のホテルもなく、記憶をたどれば「燕京飯店」というホテルに泊まってました。ベッドはなにやら「わら」のような材質でできており、寝ると人の形がついているものでしたが、見てくれより快適でした。お湯の入ったポットに、お茶の葉が用意されており、葉っぱが沈むまで待たねばいけないこと、後で知りました。
外はといえば、男女を問わず服装は殆ど黒で黒い実用ちゃりんこでいっぱいで車は数えるほど。
さて、話は現代へ戻ります。いま、日本から中国への空の便は、凄まじい増え方をしています。この04年夏ダイヤは過去最大の規模となり、日中の共同運航便の数は、JALが週103便、ANAが週105便で計208便にもなっています。共同運航の相手は、中国東方航空(MU)中国南方航空(CZ)更に中国国際航空(CA)と大陸を網羅しています。日中間の総旅客数は、92年の149万人から02年に514万人に。かつて日本の商事会社だけが目立つ機内から、まさに「双方向」の旅客で一杯です。
大陸の急上昇ぶりがなくとも、中国5000年の歴史は、とっくに世界を制していました。私たちがかつて心細い思いで、訪ねた世界中のどんな小さな街にも「必ずあるのは、チャイニーズレストラン」でした。「華僑のバイタリティー心意気」を示すものです。香港や台湾からの皆さんは外国の地へ家族ぐるみで移り住んでゆくとき、「愛着のある物は鍋釜まで機内に持ち込んで」旅してました。それゆえ荷物の多い乗客は「チャイニーズのお引越し」と陰で言われたくらいです。今でも、香港からバンクーバーへの路線ではこういう姿も
多少あるようです。では、またまた長くなりました。

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