2004.06.29

星降る夜に!(35) 真白き「富士の嶺」は、こころのふるさと!~日本人の背骨かもしれません~

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世界を旅してはじめて「つくつ゛く感じる」ことなのですが・・。
山があり、麓に街が拡がってきたところでは、人々は悲しい時
楽しい時いつも「山」を見上げて暮らしてきたように思われます。
ざっと、挙げてみるだけで、スイスの「ツェルマット」。街の
ホテルは大 小を問わず、どの部屋からも窓を額縁にでもしたように、
見上げることができます。カナダでは、植村さんが登頂を試みて
志半ばと なった「Mtマッキンレー」は、その厳しさとは反して母の山のように
慕われています。また、シアトルの「Mtレーニア」。ビールの商標 としてネイミングまでされていたようです。アフリカでは、草原の向うに「キリマンジャロ」、フィリピンの「ピナツボ火山」、
ハワイの「キラウェア火山」などなど・・。
さて、日本にフォーカスを戻せば、北海道「羊蹄山」は「蝦夷富士」、
南の「開聞岳」は「薩摩富士」。銭湯の壁には定番の「富士山」で
「ゆったり気分」というのが庶民の声でした。
映画では「次郎長富士」歌はちゃっきり節、男は次郎長というあれ
です。そして、最大の華ともいえる葛飾北斎の「富岳三十六景」。
そして、関東地方の年には必ずといっていいほど「富士見町」があるので
す。
小泉さんの言葉では、ないけれど、人生いろいろ、人に好みは「いろいろ」あって も、こと「富士山」について言えば、日本人である限り「その姿の美しさ」ゆえに「誰がなんと言っても日本の誇り」であることに異議を唱える者は
見当たらないと思います。世の中が荒れる中、いっそのこと日本の自然をこよなく愛す「富士山党」でひとつになれればなぁ・・と妄想を抱いてしまうほどです。

私は、30年の間上空から「彼の山」を拝してきました。その美しさと裏腹に航空機にとっては、予測不能な強い乱気流が取り巻く「危険地帯」という認識でした。「晴れた富士には、近ずくな!」がパイロットの合言葉でもあるからです。(1966年、3月。英国BOACのB707型機が富士山麓で空中分解し、墜落の事故がありました。)
しかし、日本の地面に根を張っての生活をして、7年。やっと周りが見えてきました。
「見上げる富士のお山」の雄大さにあらためて新鮮な想いを抱く今日この頃です。

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