2004.02.22

星降る夜に!(22)機内で交代するということは・・?

~乗員のレストとファシリティーその2~

今の、ジャンボ機のようにな足の長い飛行機がなかった頃、今から見れば、「へ~・・。」というお話がいろいろありました。

まず、お馴染みの「ハワイ線」ですが、DC-8の30~50シリーズで太平洋を飛んでいた頃は、「ウエーキ島」に給油のために着陸していました。もともと米軍のミリタリー基地ですから、つかの間の給油時間の間隙を縫って、乗務員がダンボールに入れたごみをまとめて廃棄に行っていました。ちなみに段ボール箱は、カードボードボックス(cardboard box)といいます。まあ、この頃は運賃も高価で(エコノミークラスで片道20万円)旅客も少なく、乗務員との距離感も近くなっており「ウエーキ島には2度とこれないかもしれないですね」と話したことを記憶しています。
しばらくすると、DC-8、55シリーズが主力機となり、緊急着陸の事態でもなければ寄航することもなく、2度と、かの地を踏むことはありませんでした。

さて、ちょうどその頃、ロシア(当時のソ連)方面では、アエロフロートと日本との共同便が運航され始めました。羽田からモスクワです。私は体験しませんでしたが、機材は、ツボルフ、乗員は、日本とロシアがワンセットのクルーを出し合って途中全員完全交代をする、というものでした。
このころまで、操縦並びに保安要員として連続して、緊張を持続して働ける機内の限界は、『9時間』、フライト前後の勤務時間は『13時間』というのが、航空界の中では、一般的な基準でした。従って、「航空機材の革新で、9時間を超える路線」が出現した時はどういうふうに交代していくかが、次なる課題となっていました。

次回は、寄港地なしでダイレクトに目的地に行けるようになった歴史と、いよいよ乗員の交代、ファシリティーに触れていける事と思います。お楽しみに・・。

人気blogランキングへ

コメント

コメントを書く






トラックバック

この記事に対するトラックバックのURL:

この記事へのトラックバック一覧です:

Copyright (C) 2001 - 2004 Hideshima Issei All rights reseved.