2003.08.03

星降る夜に!(5)~光りにも、匂いがある~

モスクワのこと、からでしたね。
シェレメチボ空港に降り立ったとたんに、香りというか、「匂いの洗礼」で始まります。ここは、ガソリンのオクタン価が低く独特のにおいがします。ブラジル・リオデジャネイロやメキシコシティーにも似た匂いがした気がします。

また、当時は、「サービス業、あるいは、サービスという概念」がないに等しく、ホテルチェック インからバゲッジを部屋に運ぶこと、ひとつとっても、時間がかかることおびただしく只ただ我慢の子でいなければなりません。運良く、一流ホテルに滞在していましたが、食事もホテルのレストランでさえ、メニューは知れていましたし、硬いステーキ、しおれた野菜、出てくるまでに少なくとも1時間は待たされる、という具合でした。

そんなことから、食事は、殆ど「ホテルで自炊する」ということになってゆきました。はじめは、ご飯を炊いて、ボンカレーぐらいでしたが、そのうち、次の飛行機がくるまでの壮大な待ち時間(行きと帰りをあわせると1週間)を、いささか、持て余している事もあって、数日間の3食のメニューを考える、市場に食材を手分けして買いに行く、料理する(電熱器を日本から持っていって置いてありました。)と段々自炊も本格的に凝ってゆくこととなりました。
時々は手を抜いて、レストランにお米を持ち込み、シェフに頼んで炊いてもらい、オーダーは、スープはボルシチ、アントレは、蟹肉のカンズメ、イクラのカンズメ を山盛りにしてもらったもの、味付けは、持ち込んだ醤油・ポン酢でこなしました。これはこれで、熱いご飯にイクラ食べ放題も、普段貧しい私達には、結構な大満足でもありました。勿論、毎日繰り返す気にはなれませんでしたが・・。

しかし、そんな暮らしの中で光りもありました。
このモスクワ路線を乗務する場合、当時そのパターンは、東京を出てから戻るまで10日以上かかっていました。殆どはモスクワでSTAYしなければなりませんでしたが、”一日だけ、のオーバーナイト STAY”を、乗客にとっての本来のデスティネーションであるヨーロッパのパリかロンドンで過ごせました。
文字通り、over nightで、
夕方着いて、翌朝にはまたモスクワに向け、戻らなければなりません。

こういう環境のなかで、夕なずむパリの街、その中にひっそり、白く見える「サクレクール寺院」がなんと麗しく映ったことでしょう。
優しく迎えてくれたのが、光りなのか、においなのか定かでなくなり、街の灯りが、文明の灯りのように感じてしまった者は私だけでは、なかったでしょう。
フランスパンの香りと食感はその後の私の人生のなかでも、強烈な記憶となって残っていることは、いうまでもありません。

まさに、「翼よ、あれがパリの灯だ!」には、当時の私たちの万感の思いが込められているのです。


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