2003.08.03

星降る夜に!(4)~「翼よ、あれがパリの灯だ!」~

「翼よ、あれがパリの灯だ!」 リンドバ-グは、大西洋を一人で飛び、眠い目の中にはじめは、ぽつんと、やがてまごうことなくパリの街の灯りと確信したとき、思わずこう叫んだと聞いています。
快挙を成し遂げた瞬間の喜びが、まのあたりに浮かびます。
加えて、体験したものでないと発することの出来ない清新さ、風雪の年月に耐える浪漫の響きすら感じるフレーズ(言葉)ではないでしょうか。

私も、リンドバーグとは、「時代と想い」こそ違っても、パリの灯を見て、どれだけ胸を躍らせたか、ほっとしたことか、ついつい思い出の中に戻ってしまいます。

1970年代初めのことです。2年ほど、モスクワ経由のヨーロッパ便を中心に乗務しなければいけない時期がありました。ロシアではなくソビエト連邦の頃ですから、VISA発給の制限は厳しく、一定期間同じ乗務員が飛ぶ必要があったわけです。
当時、就航したばかりの、ジャンボ機は、”花の太平洋線”といわれていた、ハワイ・ロスアンジェルス線に投入されていました。そして、同時期に大圏コースと呼ばれるモスクワ経由のヨーロッパ便も運航を開始。それまでは、ヨーロッパに行くには、最短でもアラスカ(アンカレッジ)経由の北極廻り便(north pole route)通称北回り路線、アジア、中近東をめぐって行くため時間がかかる南廻り路線(southern route)しかなく、所要時間も最低20時間を要していました。この点でヨーロッパまでの飛行時間を5~6時間短縮したこのモスクワ便は、快挙であり、違う意味で華やかな幕開けではありましたが・・・。
しかし、この路線にアサインされた乗務員の殆どは、モスクワでの滞在生活を考えると、「貧乏くじを引いたもんだ!」というムードにされたものでした。

長くなりましたので、続きは次回に・・・・・。

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