2003.01.29

「アメリカの尊厳・魅力は、どこに置いてきたのか?」

~緊迫イラク情勢に考える!~

2003年1月末イラク情勢は、緊迫の度合いを深めている。おりしも、1月29日に予定されている大統領の一般教書演説では、「たとえ国連査察の結果、証拠を明白にできない場合でも、アメリカは、単独でも攻撃の用意がある」という点が更に強調されると言われている。

アメリカが攻撃される危険性があるとアメリカが感じたら、どの国といえども先制攻撃してもよいのだという理論が正当だとするなら、日本のかつて犯した宣戦布告なしのハワイ、パールハーバー先制攻撃を、最大の屈辱として、全国民的にこういう卑劣さを「REMENBER PEARL HARBOR!」として戒めてきた、あれはなんだったのだろうか。
この論理でいえば、「当時のアメリカの経済封鎖からいずれは、日本への攻撃も考えられる、だから先制的にハワイにあるアメリカの主力太平洋艦隊を叩いて何が悪い」という当時の大日本帝国軍部の主張も正しく、太平洋戦争時に韓国、中国はじめ東南アジア全域への侵略行為すら、是とせざるをえないのではないだろうか。

こうした、ブッシュ政権の姿勢、言動に対して、ヨーロッパでは、イギリスのブレア首相を除き、ドイツ、フランスはじめ多くの国が、明快に反対の意示表示を示しはじめている。
また、お膝元のアメリカ国内でも、数日前にテレビによる政府要人・元要人と一般市民の質疑を中心とした大討論集会が放映され、核心を射た鋭い質問が政府に対して向けられた。
興味が深かったのは、市民側からの質問に共通していたものの中に、
「同じ悪の枢軸で、核はじめ大量殺戮武器保有のの危険性がある北朝鮮には、外交手段で解決するといっておいて、イラクになるとなぜ、先制武力攻撃するとあせるのか?」
という世界中の誰もが抱く実に簡単明快な疑問が、堂々と出されていたことだった。
勿論、政府側は、明快に答えられなかったことは、言うまでもない。

更に、驚いたのは、この大集会が放映された後、ブッシュ政権への支持率が、約10%もダウンしたのである。納得いく回答が得られないということを、数字で示した。
ベトナム戦争後、湾岸戦争をはじめ世界中に派兵し、戦争をしていてもアメリカ国民・兵士の死亡は数百人規模といわれており、国民全体が戦争に対しての反応が鈍くなっているといわれていた昨今であるが、「納得のいかないことには、賛成できない」とする、我らが憧憬してきたアメリカ民主主義が、生きていることを垣間見たようでほっとする気分を味わった者も、少なくなかったのでは・・・・。と推察する。

さて、イラクが、「日本はアメリカ、イギリスに次ぐ第3の敵」としたのは、自衛隊イージス艦派遣を含めた一連の行動が、アメリカのイラク攻撃の支援要請に応じていると見なされていることは、間違いないだろう。

もし、イラク情勢に戦端が開かれるような事態が生じれば、日本がどう言い訳しようと、テロリスト達は、日本の航空機・旅行者・在外日本人を敵としてターゲットにしてくる可能性が皆無とは、言えない。
1/29 NHK報道によれば、バリ島爆弾テロは、テロ組織「ジェマ・イスラミア」による犯行と断定ーインドネシア警察発表。とのことだが、イギリスについでアメリカの政策を、サポートしているオーストラリアの観光客を的にしたのでは、とも言われている。戦争に積極的に加担することの危険性を警告している事件とも言われている。

国際的に、日本の民間航空の安全を守る防波堤は、日本外交のあり方にそのカギが握られているといっても過言ではない。
民間航空にかかわる一人として、日本政府として、平和解決への役割を断固として果たしていただきたいと切に願うものである。

【なお、滞米経験も豊富にあり、アメリカの民主主義に敬意を持って接してきた毎日新聞記者の、現情勢下でのアメリカ市民達の思いを伝える記事に生々しい雰囲気を感じました。以下にご紹介します。】

【参考資料】

01/21 00:27 <記者の目>テロ後遺症のアメリカ


國枝すみれ(福岡総局)

毎日新聞ニュース速報

 昨年末から連載した「民主帝国・アメリカンパワー」の取材で、ワシントンに1カ月半滞在した。現地で、不気味に感じたことは、「異論は許さない」という雰囲気だった。イラク反戦デモの取材で、24歳の会社員が「同時多発テロ(9・11)後は怖かった。平和運動をすると、愛国心がない、と批判されそうだったからだ。
今は多くの市民が気付き始めた。『愛国的であるためには、必ずしも政府に同意する必要はないのだと。』
 「えっ、これがアメリカ人の言葉か」と驚いた。「テロ直後、女性運動家が市民に殴られ、つばをはきかけられた」と話す人もいた。なんだか戦前、戦中の日本の話を聞いているような気分になった。
テロ後、ブッシュ米大統領が「すべての国は、米国につくか、テロリスト側につくか、どちらかだ」と発言した時も、「異議を申し立てる者を尊重するのが民主主義ではないのか。恐ろしい変化だ」と思った。一般市民までこんなに萎縮していたとは思わなかった。

 私は95―96年にミシガン州、89―90年にメリーランド州に留学し、米国には、一方に引っ張る人間がいれば必ず反対に引っ張る人間がいると感じた。
例えば、ウォールストリートの金融街を上等のカシミアのコートに包まれて歩く証券マンは、コーヒーショップ前にたたずむホームレスを見向きもしない。
「かれらは負け犬だ。自分の責任なんだ」と言い切る。
私が通っていた大学では学生が、少数の金持ちが富を支配する社会構造を分析し、批判的思考を養っていた。
ホームレスに食事を配るボランティアもいた。
「非暴力思想」を講義する新聞社のコラムニストは「犯罪に非暴力は通用しない」と反発する生徒たちを刑務所に連れて行き、死刑囚と対話させた。
 極端な意見も多いが、いろいろな意見があるからバランスがとれる。堂々と声をあげる米国人に感動し、それを受け入れる度量に敬意を持ったものだ。テロ以降、米国人は理想と勇気を失ない、社会は寛容さを失ってしまったのかもしれない。もしそうなら、米国は最大の魅力を失ってしまったと思う。
 
 もう一つ不気味に思うのは、戦争の「カジュアル化」だ。米政府は、国民を守るという理由で軍隊を海外派遣することに抵抗感をなくした。社会にも「戦争は悲惨で恐ろしい」という感覚が薄れている気がした。圧倒的な軍事力を持つ米国は、米軍にほとんど死傷者を出さずに戦争することができるようになった。リスクの高い地上軍の大規模投入はせずに空爆し、反体制派に資金、武器を提供して戦わせるやり方が定着した。

敵味方の双方に死傷者が出るという戦争の前提が崩れ、反戦運動は盛り上がらない。ベトナム反戦運動にも参加したという牧師(77)は「米兵士の遺体を入れた袋が戻ってきてないからさ」と簡潔に説明した。

 12年前、留学していたメリーランド大学に、ベトナム戦争で片足を失った元兵士が講演にきて戦場での体験を話し、戦争反対を訴えた。女子学生が立ち上がり「私の家族は軍人だ。アメリカを守っている軍の存在を否定するのか」と食ってかかった。それを機に元兵士に対するブーイングの嵐となった。元兵士は悲しそうな顔をして、何も言い返さなかった。
ベトナム戦争では、5万8000人の米兵と300万人のベトナム人が死に、米国人は意見はどうであれ、戦争のリアルな結果に向かい合わなくてはならなかった。

これが米国社会に大きな痛みを残した最後の戦争だろう。その後、米国は毎年のように世界のどこかに派兵、空爆しているが、米兵の死者は300人を超えたことはことはない。
米国社会は軍事介入された国の人々の痛みを想像する力も失っていった。

テロから一年以上たっても、米国民は後遺症から抜け切れていない。イラクのテロ関与は、確認されず、イラクのミサイルは米国には届かない。それでも、米政府はイラクを「最大の脅威」と呼び、攻撃しようとしている。「米国民と社会を守るため」という大義の前に反戦の声は小さい。
多くの国民は戦争で傷つくだろうイラク市民を想像することができないのか。

 大統領は9・11テロ後に「悲しみは怒りに変わる。敵に正義の裁きを」を言ったが、怒りにまかせてイラクを攻撃したら、米国はさらに憎まれる。戦争する必要があるのか、なぜテロの対象になったのか、を冷静に考えることができるようになったとき、米国はまた世界から愛されるようになると思う。

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