1998.12.01

空から降るコラム(3)~自然は、最高の友達~

 「考えてもごらんよ。エアコンを効かせて、音楽が流れる。埃もなければ、暑さ寒さも関係ない。快適さでいえば、言うことなし。でも何か違うんだよ。夢がないっていうか」
 これはバイク乗りのある友人が言っていた話だ。かくいう私も、バイクのツーリングやモトクロス草レースまで一通り狂った時代があった。だから、この話を聞いた時、うんうん納得してしまったのである。
 私にとっての20代から30代前半は、しばしば見かける中途半端な暮らし方の典型だった。インドアの運動(遊戯?)に明け暮れて、麻雀、パチンコ、ファミコン、オーディオ狂い。それがなぜか、30代後半にして「よき友をできるだけ多く持つことが、自らの財産である」と気づいた。麻雀などのバクチごとからは本当の友は生まれない。喜びを分かち合えるスポーツを、それもできるだけ自然に近いものをと思い込むに至り、スポーツ志向の人生がはじまった。
 最初はスイミングスクール通い。ホテルのプールで泳ぐ外人のように優雅に泳ぎたいという単純な理由からだ。次は、「テニスができなきゃ人間じゃない」という風潮をもろに受けて、テニススクールに通いづめ。しまいには、近所のおばさんたちから「主婦の友」(誘えばいつでも相手をしてくれるという意味)と信頼されるまでに至った。バイクも若者たちに交じって、教習所通いからはじめた。倒したバイクを引き起こすのが第一歩だが、私は起こすことができず、教官から「体力をつけることからはじめたら」と終生忘れられぬお言葉をいただいた。これが反作用してか、若者を尻目に最短で卒業。無事、中型免許を取得した。さらにバイクでアメリカ大陸横断が夢などと妄想を抱き、アラスカで大型免許まで取得してしまったのである。

若大将加山雄三や太平洋ひとりぼっちの堀江青年の影響から、海にも強くなきゃ男じゃないと思い込んだこともあった。友人と共同ではあるが、モーターボートを買い込み、伊豆下田に船を置いて、水上スキーにスキューバダイビングと腹が出てみっともなくなる前の8年間、夏は海の男になった。振り返れば、恐れ多いことだが、下田御用邸の真ん前の入り江で、日がなブンブンと水上スキーをやりまくったため、皇宮警察と海上保安庁とはじっこんの間柄となった。また今や知らぬ人はない高島政伸君をスキューバダイビングのヘルパーでこき使ったこともあった。

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海を一通り遊びつくすと、次はご想像の通り山である。といってもキッカケは単純。子供をスキースクールに入れたついでに、自分もはじめたのだ。それが、これほどのめり込むとは、本人も知る由がなかった。「子供に」が「自分も」となり、さらに「どんな斜面でもカッコよくすべりたい」と見事三段活用してしまったのである。3シーズン目には、SIA助手試験の場に立つことになった。なにしろ受験者は、20歳前後の各スクールのインストラクターやアシスタント。とにかくすべり込んでいる。こちらは40歳を超え、足元も不如意。それでも奮闘したが、あえなく結果は不合格。しかし、次のシーズンにはやっと合格できた。 

 この悔しさがバネになったのか、今度は「3大陸スキー制覇」の野望に燃えることになった。ヨーロッパではツェルマット&チェルビニア、アメリカではアラスカ、シアトル、カナダではウィスラー&ブラッコム、そしてニュージーランドではマウントクック、マウントハット、ハリスマウンテン、コロネットピークと、世界のゲレンデをすべりまくった。とくにマウントクックの氷河スキーでは、クレバスのスリル、ストックを突くたびにブルーの氷河がのぞく様は、夢の世界そのものといえる。また、ツェルマットの20kmにおよぶダウンヒルでは、ひたすらロングターンですべり降りたのを覚えている。フォームがどうのこうのというより、「コースの長さに君は耐えられるか」という世界であった。
 こうしたエキサイティングな銀世界も、春の訪れとともに休止となる。「スキーがオフの間はみっちりとゴルフをして、足腰を鍛えなければいけない。スキーはスピードとバランスが大切。静から動への感覚も大事」などという甘言に乗せられ、39歳にしてゴルフデビューをしてしまった。やりはじめると、またこれがおもしろい。スキーと違い、1日にして「今までやってきたことは何だったんだ」という大たたきをやったりするゲームなのである。お決まりの入れ込みぶりで、今では外国だけでも200コースはラウンドするほどになった。ユーロディズニーランドへは行かなくても、ユーロディズニーゴルフコースはラウンドしたよ、というケースばかりなのだ。
 年齢に歯向かい、時空を超え、周りの人からは「いい加減にしたら」と陰口どころか正面切って言われながら、ガムシャラにやってきた十余年。「やろうか?」と言われれば何でもつき合うが、自らが一生つき合いたいと決めているのはスキーとゴルフ。
 その理由のひとつは、自然を相手にする点でスケールが違うこと。暑さ、寒さ、風、雨、雪と、その時々のコンディションを我が友にしなければ話にならない。また、同じ釜の飯を食い、自然なる山を相手にしたり(スキー)、ほぼ1日一緒に歩き、性格丸見え状態になったり(ゴルフ)と、必然的にたくさんの友を作ることができるのである。このふたつはどちらもやめられそうもない。


文/詩井 入(しい はいる) ・・・スキー関係誌のペンネームで現在の秀島一生です。
イラスト/須藤健一氏

なおこのコラム集は、雑誌「ブルーガイドスキー」にかつて連載されたものを若干の加筆・修正を加えたものです。

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