1998.10.01

空から降るコラム(1)~ここぞの時の『向こうっ気』~

 まだジャンボ機が出現する以前から、世界を飛び回っていた友人がいる。彼は某有名航空のいわゆるチーフパーサーであり、機内では皇族の方々、歴代総理をはじめとしたさまざまな旅客の相手をして、多くのファンをもつ。実際、彼の人脈は広く、財政界からスポーツ、芸能界まで友人が多い。時折、話を聞かせてもらうのだが、そのひとつにこんな話があった。

 サービス業というのは、見た目より厳しいものです。とりわけ機内というのは別世界。お客様とこれほど長い時間対面したままというサービスは他にはないでしょう。ニューヨークまでで13~14時間、ヨーロッパだと10~11時間にもなります。途中停車があるわけでもなく、どのような状態でも外に逃げ出すことができません。新幹線ならお客様もお茶、週刊誌、新聞は自分で買うものと思っていても、飛行機ではあまり自分で持ってこようとはしません。ファースト、ビジネス、エコノミーのクラスを問わず、頼めばほとんどのものを席まで持ってきてくれると思っている人が多いのです。飛行機なら、パーソナルでグレードの高いサービスを受けられると最初から期待しているのです。
 こうしたお客様がジャンボ機満席だと約300人以上います。各々のお客様が自分だけの貸し切りという心持ちで搭乗します。これを迎え打つ乗務員(スチュワーデス)は、どんなに多くても13~17名。まさに機内は戦場と化すのです。10時間に近いこの搭乗時間は、旅というよりは生活(暮らし)。そのうえ、300人以上の人々が各々、その暮らしのリズムが違います。一斉に寝たり起きたりはしません。寝たい人あれば、寝つけなくて退屈する人ありです。もちろんお腹がいっぱいの人もいれば、喉が乾いて仕方がない人もいます。映画が見たい人、映っていると眩しい人、シェードを開けて外を見る人、眩しいから閉めてほしい人、風邪気味で頭痛薬がほしい人、子供のオムツを取り替えたい人などさまざまです。こういう事態と要望が雨、あられのごとく乗務員にやってきます。これに見事に対応して、初めて「まあ、よかった」とか「いいサービスだった」という結果につながるのです。でもこれは機内の暮らしでいえばノーマルな時です。
 ここにひとたび、イレギュラーなことが起き、数名のお客様が不満を表しトラブルになると、事は大変です。トラブルの起きている所に何人かのスチュワーデスを張りつけなくてはならないからです。ただでさえ手数が足りないのだから、その他の多くのお客様への対応は薄くなってしまいます。トラブルは、未然に防がなくてはなりません。300名以上のお客様を見渡して、まずどこに難しい固まりがあるか、それから長い時間でどこから火の手が上がりそうか、素早く察知し、先手先手のアプローチが肝要なのです。乗るときはマイナスの気分だった人も、機内に入ってしまえば私たちの手の中ですから、フラットに、できればプラスにして降りてもらえば、「またこのエアラインに乗りたい」と思ってもらえるでしょう。
 よくあることですが、予約時の対応、空港カウンターでの対応のまずさや、喫煙席(禁煙席)だと思ったのに席が取れなかったなど、乗ったときから機嫌が悪く、いろいろお聞きしても返事をしてもらえないケースがしばしばあります。ていねいに声をかけているにもかかわらず、返事もしない。時折、声を出すのは前後に飾りのない単語だけ。「お茶」「新聞」「毛布」…。この人は普段から社会でも家庭でもこれで通しているのかと疑ってしまいます。エコノミークラスに目を向けると、行きの機内では緊張してかしこまっていた方々が、帰りの機内では周囲の迷惑を顧みず酔っ払い、果ては乗務員をクラブのホステスか何かと勘違いする方まで現れます。とくに東南アジア帰りの団体さんに多いのですが…。
 こうした方々を機内に迎えた時、私は腹に力を入れ、自分につぶやくのです。「負けないぞ!降りるときには必ずやニッコリと微笑んで“お世話になりました。ありがとう”と言わせてみせる」と。そして何よりも「向こうっ気」を忘れないことです。いちばん敬遠したくなる人ほど、そばに近づき先手先手のアプローチ。駄目なら何度でもトライするのです。この「向こうっ気」にまいらなかったお客様は30年でひとりもいませんでしたよ。

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せいぜいシーズン20日もすべればもうけものだという私ごときスキーヤーは、シーズン当初、それも初めてリフトで登る時、いろいろな思いが頭を駆け巡る。本当にターンができるだろうか、コブはなるべく避けよう、高速ロングターンから入るべきか、それとも小まわりでリズムをとるべきか…。それを決心しない内に山頂に着いてしまう。
 しかし、昨シーズンはふと彼の言葉が頭をよぎった。そして、彼の話はスキーでも同じことが言えると気づいたのだ。「敬遠したくなったら、勇気をもって行け。今までだってちゃんとすべっていたじゃないか。斜度を感じたらセーブすればいい。どこに難所があるか早めに察知してその心構えで行け。」すべてが合致する。そうして、昨シーズンの1本目、私は「向こうっ気」で後傾することなく、スキーの真ん中に乗って、気持ちよくすべり出すことができたのである。
 

文/詩井 入(しい はいる) ・・・スキー関係誌のペンネームで現在の秀島一生です。
イラスト/須藤健一氏

なおこのコラム集は、雑誌「ブルーガイドスキー」にかつて連載されたものを若干の加筆・修正を加えたものです。

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